Hisanaga_logo
こんにちは、うたごえネットワークへようこそ!  
 ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
 メインメニュー








  リンク集登録画面
  トップ記事過去録
 来訪者数('07/02/01〜)
17787073

昨日: 5420
今日: 3442
 うたごえWiki最新データ
 検索

高度な検索
[ リロード ]   [ ソース ]  [ トップ | 一覧 | 単語検索 | 最新 | バックアップ | ヘルプ ]

Counter: 4591, today: 1, yesterday: 1

私の子どもたちへ

♪〜〜やれるだろうか 父さんは

この歌を横井久美子さんが歌うにあたって、
「父さん」のところを「母さん」で歌いたいと、作詞・作曲の笠木透さんに聞いたらしいです。
笠木さんは、母さんが歌うなら「母さん」でもいいですよ、って快諾をしてくれたとか。

(2007/3/11 青梅・音楽を愛する9条の会のうたごえ喫茶で司会のソララさん)


ページコメント
投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。

投稿者 スレッド
sakula
投稿日時: 2007-12-10 10:45  更新日時: 2010-10-22 13:59
サイト運営者
登録日: 2007-8-29
居住地:
投稿数: 14
 Re: 私の子どもたちへ
 30歳を過ぎるまで詩とか歌とかいうものを考えたこともなかった僕が、初めて作曲した曲のひとつ。
 作曲の方法など何ひとつ知らないまま、鼻唄とリコーダーで創ったのだが、後になってえらい欠陥に気づくことになる。
 楽譜には∨(ブレス)という記号がある。息をつぐところだ。息をしなければ歌を歌うわけにはいかんのだから、そこを計算したうえで作曲するのが当り前だが、悲しいかな基礎学力の欠如、それを知らずに創ってしまった。
 歌いはじめて1年ほどたった頃、ある人から「この歌はどこで息をつぐのでしょうか」と聞かれて、アッと思った。確かにそう思って歌ってみると、どこで息をついでいいのやら、よく分からないのだ。
 僕の肺はわりと大きい方らしい。4~6小節ぐらいは続けて歌える。その僕の肺活量に合わせて創ったのだから、歌った人は目をまわしたことだろう。
 何という無知。何という欠陥品。それでも、そんな歌でも皆さんが手わたし、口うつしで伝えてくださったことを僕は忘れないだろう。
 歌を創るという、僕にとって決して得意ではない、いやどちらかというと、むしろ苦手なことを、今日まで15年間もやってこれたのは、その時の感動があるからだ。このマスコミの発達した、画一化した国で、マスコミを通さずにひとつの歌が広がっていった。その事実がどんなに嬉しかったことか。
 まだ会ったことはないであろう、その手わたしをしてくださった人たちのために、これからも歌を創り続けていこうと思っているのです。(笠木透)
※うたごえ新聞85年4月8日号より


笠木透作詞作曲
♪生きている鳥たちが…。歌う人の口づてで岐阜県中津川から10年ほどして沖縄に伝わったという歌。「マス・メディアの発達したこの国で、この歌が手渡しされていったという事実が、フォークソングを作り続けられる原点になった」と笠木透は述懐している(笠木透作品集)。
創作は1972年。連日フォークソング運動で東奔西走し、深夜帰宅したある日。共働きの妻と乳児の長女、幼稚園児の長男が3人熟睡中。蒲団から転げ落ちても安眠している子どもたちを見つめた。「どんなに疲れていても子育てをやりぬく母親にひきかえ、ほとんど稼ぎのない自分を振り返り、こんな父親でも何か1つくらいは…」と考える内に浮かんできた言葉が素になって詞ができ、その時に口ずさんだメロディが曲になったという。
※うたごえ新聞2010/11/1号 歌の小箱No.215より

 うたごえカレンダー
前月2019年 11月翌月
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
<今日>
 「掲示板」最近の投稿
 お薦めリンク










携帯版うたごえ掲示板



当サイトのバナーです。
リンクにご利用ください。