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 1971年3月、その年の夏に開かれる第17回原水禁大会を前に、日本原水協と日本のうたごえは、「『原爆を許すまじ』につぐ新しい原水爆禁止の歌を」と公募を呼びかけた。
 青春時代からストックホルムアピール等で体ごと原水爆禁止運動に関わっていながら、作品としてはそれまで一度も発表したことがなかった。被爆者でもない者が…というためらいが私の足をひっぱり、頭では、日本人である限り発言しなくては…と分かっていながら踏んぎりがつかなかった。
 よびかけを前になおためらう私を決意させたのは、職場まで訪ねてくれた大西進氏。「運動があなたに要請しているのです。書いて下さい」
 「青い空は青いままで子どもらに伝えたい」。燃え上がった私の心臓の中で、このリフレインが日夜鳴り響いた。子どもを守る運動の中で培ってきた理論と愛が花咲く思いだった。
 折から第2期の革新都政を発展させるための選挙戦が始まっていた。
 「青い空」この平凡な言葉が、こんなにも時代の息吹を感じさせる時はかつてなかった。平和・真実・明るい未来、そんな数々の深い意味を、無数の革新を希う人々が新たに付け加えてくれたのだった。だからこそ、子どもらにそのまま伝えねばならない。そして、その基礎になるものこそ「命の重み」でなくて何であろう。
 「青い空は」が詩部門で第1席に入選すると、すぐに作曲が募集された。そして、「入選されたら、全力をあげて作曲させてもらいます」という約束どおり、大西氏の曲が第1席で入選。後日、彼が名作『あかつきの空に』とともに『青い空は』で荒木栄賞を受けられたことを、私は心から喜び、かつ光栄に思っている。(小森香子)
※うたごえ新聞79年1月22日号より


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