メーデーのおこりは、1886年5月1日、アメリカの労働者が8時間労働制を要求してゼネラルストライキで闘ったのを記念したものです。当時のアメリカの労働者は、20時間近い奴隷的な労働条件でした。人間的な生活条件を目指して、立ち上がったのです。
1889年、エンゲルスの指導する第2インターナショナルは、創立大会で、アメリカの労働者の闘いを記念して、5月1日を「全世界の労働者が8時間労働制を要求して闘う日」と決議しました。翌90年には、ヨーロッパとアメリカで、第1回のメーデーが行われました。このようにメーデーは、労働時間短縮の闘いと結びついています。
1917年にロシア革命、18年は日本で米騒動が起こっています。このような内外の労働運動の高揚を背景に、1920年、日本での第1回のメーデーが行われました。
しかし、1935年の第36回を最後に第2次大戦が終わるまで、10年間中断。戦後は1946年に第17回メーデーとして復活します。その年、総同盟、産別、文部省、NHK、各新聞社と現代音楽協会が協力して、新しい労働歌を募集しました。そのとき、第2位に選ばれたのが、この『世界をつなげ花の輪に』です。ちなみに、第1位は『町から村から工場から』でした。
労働者の連帯感を明るく歌いあげたこの曲は、メーデー歌として今も広く歌われています。47年の第18回メーデーで歌われ、NHKの電波にのり、ビクターからはレコードとして売り出されました。
※うたごえ新聞71年4月10日号より
篠崎正作詞/箕作秋吉作曲
♪太陽は呼ぶ 地は叫ぶ…。1947年メーデーを前に産別会議、総同盟、国鉄労働組合と民主主義文化連盟、NHKが提携し公募した新メーデー歌第2席入選作(1席は国鉄詩人編集部作詞・坂井昭子作曲『町から村から工場から』)。
作曲者は戦前からの作曲家で戦後は日本現代音楽協会初代委員長・箕作秋吉(1895〜1971)。作詞者は戦争で消失したビクター音楽産業再建に尽力、当時労組副組合長・篠崎正(81年没まで在職)。敗戦の苦労を嘗めた子どもらに残す歌をと、苦吟を重ねたという。
46年、戦後初のメーデーで指揮をしたことが関鑑子(声楽家)に中央合唱団創設を着想させ、うたごえ運動出発につながった。関鑑子は73年メーデー全員合唱でこの歌を指揮した直後に倒れ、翌日死去した。
※うたごえ新聞歌の小箱No.192(2010年4月26日号)より






















