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 1954年3月1日に、ビキニの水爆実験で第5福竜丸が死の灰を浴び、久保山愛吉さんが重体となった事件に、国民は大きなショックを受けました。この事件を契機に、原水爆反対の動きが日本中で活発となり、署名運動を中心に草の根的な運動が高まっていきました。
 うたごえ運動の中でも、関鑑子先生が原水爆反対を訴える歌の創作を呼びかけ、募集をしたのです。私はその前年に中央合唱団14期生を修了し、53年は2班で合唱団の活動に参加。54年は作曲班に所属していました。
 そして、この関先生のよびかけに答えて、原水爆反対の気持ちを何とかして歌にしたいものだと思い、東京・南部のサークル若竹青年会で知り合っていた浅田石二さんに頼んで詩を書いてもらい、一生懸命作曲したのです。
 そして関先生に提出しました。それが7月20日頃のことでした。7月28日に音楽センターで第7回定期演奏会があり、その中の“創作平和歌曲発表”の部で、林光さんの『世界の声』とともに、『原爆を許すまじ』が中央合唱団によって発表されました。それがこの歌の初演です。
 翌8月6日、広島で行われた国鉄のうたごえに参加した浅田石二さんが、“こんな歌を教わってきたが、どうも僕の歌らしい”と歌ってくれたのが『原爆を許すまじ』。私はそれで初めて、あの歌が歌われているのだなと知ったわけです。
 それからというもの、驚くほどの勢いでこの歌は日本中に広がり、日本のうたごえ祭典や第1回原水禁大会、ワルシャワ・フェスティバルでの大合唱になりました。(木下航二)
※うたごえ新聞85年7月22日号より

浅田石二作詞
 木下航二作曲
〽ああ許すまじ原爆を三度許すまじ原爆を…。1954年、南太平洋と第五福竜丸など多数の船に甚大な被害を与えたビキニ環礁での水爆実験。東京・杉並区の主婦たちの「原水爆反対署名」も原水爆禁止運動が燎原の火のように広がる大きなきっかけとなった。
全国に、犖郷綰反対のうた″創作が呼びかけられ生まれた中の1曲。当時中央合唱団、音楽センターに参加していた木下航二作曲。
原水爆禁止運動は第1回原水爆禁止世界大会、世界母親大会(スイス)、第1回日本母親大会に繋がったが、署名運動を広げる中で、うたごえもまた広がっていった。55年のワルシャワ開催第5回世界青年学生平和友好祭では8月6日狎こκ刃孫堝阿瞭″に国際合同1000人でこの歌を合唱し、世界に広がった。
※うたごえ新聞2008年8月4日号歌の小箱NO.116より


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明日をこの手に





【作詞】橋本のぶよ
【作曲】橋本のぶよ

つくり変えてゆこう
住みつづけるために
くらしを守る 心通う街を
今 私たちは
声をあわせ呼びかける
※東京を変えよう 
 明日をこの手に
 新しい時代へ 
 さあ歩きだそう

つくり変えてゆこう
命を守るために
働く誇りと 生きる喜びを
今 子どもたちに 
笑顔かがやく未来を
※くりかえし

つくり変えてゆこう
願い叶えるために
あきらめないで
胸をはって歌おう
今 誰にでも 
やさしさあふれる街を
※くりかえし

今 私たちは 
声をあわせ呼びかける
※くりかえし
さあ歩きだそう





歩いて行こう





【作詞】大熊啓
【作曲】大熊啓

歩いて行こう 歩いて行こう
歩いて行こう 一歩ずつ
歩いて行こう 歩いて行こう
前を向いて

急がなくてもいいんだ
焦らなくてもいいんだ
休みながらでいいんだ
自分のペースでいいんだ

今踏み出した あなたの一歩は
確かに未来へ つながってゆく
今踏み出した あなたの一歩で
何かが変わるでしょう