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 きたがわてつ作詞作曲
〽君と僕の生きている町 夕日のきれいな町・・・。
08年メーデー歌集所収。シンガー・ソングライターきたがわてつが1980年静岡公演の際、地元爐劼泙錣袁働センター″の障害者・後藤匡弘の手記を読み、創作。彼はその手記を本紙に紹介(85年7/22号)。「43歳になって一念発起して車椅子で納豆屋を始め、『ナットー、エ、ナットー』と叫び続けても1個も売れず、5日目におばあちやんが初めて1個買ってくれた時は嬉しく、その時の夕陽がとてもきれいだった」といった内容だった。
03年山形のうたごえ祭典でこの歌を聴いた詩人・斎藤範雄は、今の憲法がない戦前の障害者は悲惨な生活と、特に戦中はひどく差別されたことに触れ、燹そんな町を』には憲法の精神が生きている″と本紙に。  (03年11/17・24号)
※うたごえ新聞2008年3月10日号歌の小箱NO.98より

 きたがわてつ作詞作曲
〽君とぼくの生きている町 夕日のきれいな町…。今、“輝け日本国憲法コンサート運動”を進めているシンガーソングライターきたがわてつが、1980年静岡公演の際、現地の“ひまわり労働センター”の後藤匡弘の手記を読み創作した歌(本紙85年7/22号)。
 “43歳になって車椅子で納豆屋を始め、1日目〜4日目と『ナットー、エ、ナットー』と叫び続けても1個も売れず、5日目におばあちゃんが初めて1個買ってくれた時は嬉しく、その時の夕陽がとてもきれいだった”との内容だった。
 山形の詩人・斎藤範雄は、戦前、障がい者は悲惨な暮らしを強いられ、特に戦争中は“役立たず”とひどく差別されたことに触れ、「『そんな町を』のフレーズには憲法の精神が生きている」と綴った(本紙2003年11/17・24号)。
※うたごえ新聞2012年10月22日号歌の小箱NO.304より


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明日をこの手に





【作詞】橋本のぶよ
【作曲】橋本のぶよ

つくり変えてゆこう
住みつづけるために
くらしを守る 心通う街を
今 私たちは
声をあわせ呼びかける
※東京を変えよう 
 明日をこの手に
 新しい時代へ 
 さあ歩きだそう

つくり変えてゆこう
命を守るために
働く誇りと 生きる喜びを
今 子どもたちに 
笑顔かがやく未来を
※くりかえし

つくり変えてゆこう
願い叶えるために
あきらめないで
胸をはって歌おう
今 誰にでも 
やさしさあふれる街を
※くりかえし

今 私たちは 
声をあわせ呼びかける
※くりかえし
さあ歩きだそう





歩いて行こう





【作詞】大熊啓
【作曲】大熊啓

歩いて行こう 歩いて行こう
歩いて行こう 一歩ずつ
歩いて行こう 歩いて行こう
前を向いて

急がなくてもいいんだ
焦らなくてもいいんだ
休みながらでいいんだ
自分のペースでいいんだ

今踏み出した あなたの一歩は
確かに未来へ つながってゆく
今踏み出した あなたの一歩で
何かが変わるでしょう