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 1954年ごろから労働組合やサークルの歌が盛んに創られ始めました。そのころ電産(日本電気産業労働組合)が、組合歌『電気労働者の歌』と愛唱歌『しあわせの歌』を創ることに決め、機関紙を通して全国の組合員から詩の募集をしました。
 たくさんの応募があり、54年12月に入選作が決まりました。そして、組合歌は箕作秋吉氏に作曲を依頼。愛唱歌は入選作が2篇あって、作曲は公募ということになったのです。
 翌55年1月5日の機関紙「電産」に2篇の詩と募集要項が発表され、私は音楽センターでその機関紙を渡されて応募を勧められました。そこで2篇のうち、岡山の石原健治さんの詩に決めて曲をつけ、1月20日の締切日に提出しました。審査委員は箕作秋吉、林光、関鑑子の3先生。幸いにこの歌が選ばれ、電産で組合歌とともに発表会があり、立派な完成記念譜も発行されました。
 実はこの時私は2曲出したのです。第1のものはかなり苦心して自分ではよく出来たつもりでしたが、それが出来た直後に全く違うメロディーが浮かんでスラスラとまとまったものですから、両方出してみたのです。結果は第2のものが採用されたので、なるほどこの方が自然で、詩の心をよく表していてよかったのだなと感じたものです。
 この歌は電産の枠を越え、文字通り愛唱歌として広まりました。メーデー歌にも取り上げられましたが、そのころ私は教員組合のブラスバンドに入っていて、トロンボーンを吹いていましたので、神宮外苑から新橋に行くメーデー行進の先頭で、仲間と一緒に『しあわせの歌』を吹きながら歩いた記憶があります。(木下航二)
※うたごえ新聞88年3月7日号より

 石原健治作詞
 木下航二作曲
1955年、電気産業労働組合が公募した組合歌入選曲(同労組は応募作品の選評等で毎号の機関紙を埋めるとりくみ)。この歌は労組の枠を越え商業雑誌「平凡」「明星」等でも紹介され、フランキー堺・左幸子主演映画「しあわせは俺らのねがい」ともなった。
作詞者・石原健治は広島の被爆で母親と姉弟を失い組合に支えられて生きてきたという。入選した時、職場の同僚たちは、楽譜が読めなくとも家族、知人の協力や、もよりの合唱団に持ち込む等で、すぐ覚えてくれた。この歌の年に原水爆禁止世界大会・広島に参加した石原は「この仲間たちが『しあわせの歌』を創り出した」「『原爆を許すまじ』の木下先生が私の詩に作曲して戴いたのは偶然とは思わない」と本紙に述懐している(55年10/15号)。
※うたごえ新聞2008年1月21日号歌の小箱NO.91より


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明日をこの手に





【作詞】橋本のぶよ
【作曲】橋本のぶよ

つくり変えてゆこう
住みつづけるために
くらしを守る 心通う街を
今 私たちは
声をあわせ呼びかける
※東京を変えよう 
 明日をこの手に
 新しい時代へ 
 さあ歩きだそう

つくり変えてゆこう
命を守るために
働く誇りと 生きる喜びを
今 子どもたちに 
笑顔かがやく未来を
※くりかえし

つくり変えてゆこう
願い叶えるために
あきらめないで
胸をはって歌おう
今 誰にでも 
やさしさあふれる街を
※くりかえし

今 私たちは 
声をあわせ呼びかける
※くりかえし
さあ歩きだそう





歩いて行こう





【作詞】大熊啓
【作曲】大熊啓

歩いて行こう 歩いて行こう
歩いて行こう 一歩ずつ
歩いて行こう 歩いて行こう
前を向いて

急がなくてもいいんだ
焦らなくてもいいんだ
休みながらでいいんだ
自分のペースでいいんだ

今踏み出した あなたの一歩は
確かに未来へ つながってゆく
今踏み出した あなたの一歩で
何かが変わるでしょう