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 そのころ私は、三菱上山田炭鉱の購買会で働き、文学サークルで詩を学んでいました。人々の生活の中で生きる詩こそ本当の詩ではないかという論議が、当時サークル内で行われました。生活の中で生きる詩とはどんな詩か。その論議を初めて実践に移したのが、この曲だったのです。
 炭鉱では、男達が地底ではいずり回り、女達は台所でその日の糧に苦しんでいました。行手をはばむ巨大な手をはね返すために、労働者の団結が必要でした。歌も力強いものでなければと、私は考えていました。
 その矢先、三井三池炭鉱のうたごえ現地指導部が闘争を励ます歌を書いてほしいと要請。早速現地に赴きました。そこで闘う人々の姿に接し、徹底した団結力、統制のとれた行動力に魅せられ、そのとりこになってしまったのです。60年4月17日の事でした。
 大牟田市のど真ん中、不知火小学校前の三井三池労組にひらめく赤旗。並木のプラタナスの葉の鮮やかな緑、その節々の力強い木瘤。闘う人々がつき上げるこぶし。それは全くありのままの、働く人々の姿でした。
 夫の首切り状を郵送され、その封筒を手に手にかざして会社幹部のたむろするクラブへ、それを返上する主婦たちのデモは長蛇のように続きました。豆を煎るような抗議、一致した足どりは一つとなり、大きな怒涛となって、うずまいていました。
 何といっても驚いたのは、この母ちゃんパワーのすさまじさ。そこで私は、詩の最も盛り上がるところに、「燃えつくす女のこぶしがある」と表現しました。日本の歌謡曲では、女はたいてい泣くか甘えるか、男にこびるかです。この詩の本意は、実はこの女たちのこぶしにあったのです。(森田ヤエ子)
※うたごえ新聞87年4月20日号より

森田ヤエ子作詩
荒木栄作曲
 メーデー歌集掲載長寿記録の1曲。1960年、福岡県の三井三池炭鉱での1278人もの大量指名解雇
反対闘争で生まれた歌。この闘いは全国からの支援のベ35万人(うたごえ行動隊1万人)、対する警官のベ
37万人と大きくなり、死者まで出す激しいものとなった。事実上の首切りを認める中央労働委員会の斡旋案が出され、警官の弾圧が露骨になってきた頃、作詩されたという(森田ヤエ子『荒木栄の生涯』=大月書店)。
 この歌は猊廚瞭争を支えるのでなく、もはや堂々と一緒に闘う″ようになった炭鉱の女性たちも描き、荒木栄(労働者作曲家)は詩を読んだ翌日に歌を大牟田センター合唱団に持込み瞬く間に全国に広がった。
 森田、荒木コンビは他に「わが母のうた」「花をおくろう」「五月のうた」等。
※うたごえ新聞2006年3月13日号歌の小箱NO.8より

 森田ヤエ子作詩
 荒木栄作曲
がんばろう つきあげる空に…例年のようにメーデー歌集掲載曲。1960年、三池闘争(三井三池炭鉱での1278人もの大量指名解雇反対)で生まれた歌。この闘いは全国からの支援のベ35万人(うたごえ行動隊1万人)、対する警官のベ37万人と大きくなった。事実上の首切を認める中央労働委員会の斡旋案が出され、警察の弾圧が露骨になってきた頃、作詩された歌(森田ヤエ子『荒木栄の生涯』=大月書店)。この歌は猊廚瞭争を支えるのではなく、もはや堂々と一緒に闘う″ようになった炭鉱の女性たちも描いた。
労働者作曲家・荒木栄は詩を読んだ翌日に歌を大牟田センター合唱団に持込み、瞬く間に全国に広がった。この作詩作曲コンビは他に「わが母のうた」「花をおくろう」などがある。
※うたごえ新聞2008年3月17日号歌の小箱NO.99より


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