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 今から30年近く前、東大音感合唱研究会トニカ合唱団の中で生まれた曲。合唱団では創作がさかんで、全員が作詞・作曲に挑戦。すずきさんの『いぬふぐり』も、その中で生まれた1曲でした。折から5月祭演奏曲はこの歌に決まり、学内に広まっていきました。
 しかし、卒業と同時に合唱団を離れたすずきさんは、その後、この歌がどんなふうにうたごえ運動をはじめ人々の中に広まっていったか、知るよりもありませんでした。

 すずきさんは、小学校2年、千葉の木更津で終戦を迎えた。
 戦争当時、小学生の子どもも民兵として干し草づくり(軍馬の飼料のために)にいそしみ、競争で草を刈った毎日。草原には一面にいぬふぐりの花が咲いていた。
 戦意高揚の高なる軍艦マーチにのせて送られていった兵士たち。すずきさんの家でも、若い奉公人が出征していった。
「勇ましく出征していった彼らが、実は飢えで死んでいったことを知らされ、幼心にショックだった。戦争というものの惨めさを知った思いだった。中には戦争に行きたくないという人もいました」と、すずきさん。創作するとき「そのことが頭に浮かんだ」と語っています。
 戦場に散った大勢の若者たちと、太陽の陽をいっぱいに浴びて花咲く薄紅紫色のいぬふぐりの花。
 第2次大戦の傷跡がいえぬ1950年、朝鮮戦争が勃発。木更津には基地があり、米兵がたむろしていました。戦闘帰りの米兵が町を荒らすのを見て、戦争反対を今言わなければ、と『いぬふぐり』を書く。
※うたごえ新聞82年5月31日号より

 すずきみちこ作詞作曲
〽丘は今も柴山…。1950年、朝鮮戦争が勃発し、参戦した米軍の墓地がある日本で、今こそ戦争反対の表明をと作られた。東大音感合唱研究会トニカ合唱団が学園祭で演奏し、全国に広がった歌。
同団団員だったすずきみちこは終戦を小学2年の千葉県木更津市で迎えた。戦中は犹劼匹睫永次蹐箸靴瞳廓呂糧醂舛箸覆覺海形雕遒蠅暴昌し、草を刈る草原一面に淡紅紫色のいぬふぐりが咲いていた。また、実家の奉公人を含め勇ましく出征した若者たちが、実は飢えで死んだことを知った時は幼心にショックだったという。
朝鮮戦争が始まると米軍基地がある木更津に戦闘帰りの米兵がたむろし町を荒らすのを見て創作に着手。〽戦争が起こらんようにする…の5番は合唱団でのかなりの討論の末歌われた。
※うたごえ新聞2009年3月23日号歌の小箱NO.143より


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明日をこの手に





【作詞】橋本のぶよ
【作曲】橋本のぶよ

つくり変えてゆこう
住みつづけるために
くらしを守る 心通う街を
今 私たちは
声をあわせ呼びかける
※東京を変えよう 
 明日をこの手に
 新しい時代へ 
 さあ歩きだそう

つくり変えてゆこう
命を守るために
働く誇りと 生きる喜びを
今 子どもたちに 
笑顔かがやく未来を
※くりかえし

つくり変えてゆこう
願い叶えるために
あきらめないで
胸をはって歌おう
今 誰にでも 
やさしさあふれる街を
※くりかえし

今 私たちは 
声をあわせ呼びかける
※くりかえし
さあ歩きだそう





歩いて行こう





【作詞】大熊啓
【作曲】大熊啓

歩いて行こう 歩いて行こう
歩いて行こう 一歩ずつ
歩いて行こう 歩いて行こう
前を向いて

急がなくてもいいんだ
焦らなくてもいいんだ
休みながらでいいんだ
自分のペースでいいんだ

今踏み出した あなたの一歩は
確かに未来へ つながってゆく
今踏み出した あなたの一歩で
何かが変わるでしょう