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 子どもたちが外で遊ばなくなってから何年になるだろう。
 僕らはいつも山で、山に抱かれた野原で走り回っていた。いつもそこに、どっしりと故郷の山があった。遊んでいるときに、山を見上げていたわけではない。いや、むしろ山のことなど忘れていた。でも、ちゃんと母のフトコロのような山があることを知っていた。
 石川啄木が「故郷の山はありがたきかな」とうたい、島崎藤村が恵那山を見て「ごらん、いい山だね」と“夜明け前”に書いた母なる山は、外で遊び回った子ども時代を送った人たちにしか分からないだろう。「ありがたい」という想いを、現代の子どもたちが将来もてるかどうか、僕は心配でしょうがない。自分を育ててくれた自然への「ありがたい」という思いがなくて、公害反対も反核もないような気がするのだ。
 作曲は木曽に住む僕の友人、細田登。この歌は、中津川の教育記録映画「夜明けへの道」の主題歌として創ったもの。中津川、恵那は、綴り方を教育の中心にすえてやってきた地域で「恵那の教育」と呼ばれてきた。ぼくのうたは、大人の綴り方みたいなものだろう。マスコミでは流れたことはないのに、口から口へ伝わって、かくれたヒット曲になりつつある。
 口コミで伝えてくれた君が、この国にいるということが分かっただけでも、ぼくは創ってよかったと思うのです。(笠木透)
※うたごえ新聞84年10月22日号より

笠木透作詞/細田豊作曲
1977年、生活綴り方などすぐれた実践で知られる岐阜県恵那地方の教育の記録映画「夜明けへの道」主題歌。作詞のフォークシンガー笠木透は故郷の恵那山(標高2190叩砲鯀枋蠅掘◆屬椶らはいつも山で、山に抱かれた野原で走りまわっていた。いつもそこにどっしりと故郷の山があった」と言う。「中央線中津川駅に立つと、春は残雪が光り、夏は雲、秋は紅葉、冬は樹氷の恵那山がどかんとそびえている」「自分を育ててくれた自然へのありがたい思いがなくて、公害反対も反核もない気がする」と語っている。
シンガー・ソングライター橋本のぶよが今春の都知事選に向けて緊急発売したCD「さあ この町から」(音楽センター)に、前号紹介「この町から」と共に収録された。
※うたごえ新聞2007年2月5日号歌の小箱NO.49より


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