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 私の最初の作詞は、この『あかつきの空に』でした。
 ベトナム戦の米軍基地となった沖縄。軍事基地拡大のため、農地が取り上げられたり、飲み水や土砂がベトナム戦で使われていました。そこに、これ以上、祖先ゆずりの土地を渡すまいという農民が、土地取り上げに反対。しかし、畑の中の団結小屋が手薄になったとき、武装した米兵に銃をつきつけられ、一瞬、知らない戦場を想像しました。
 そのとき、農民はその前で胸をはり、“ここはわしらの土地だ。帰るのは君らだ”と素手で追い払いました。土地を愛し、ベトナム人民を思うその姿に感動して、『一坪たりとも渡すまい』が生まれました。
 東京に帰り、その報告をうたごえ新聞に書くために、一つの作詞をしました。それが、この曲です。
 本土復帰を願い年末から年始にかけて沖縄の青年達20名が毎年歌を歌っている話、初めて見たデイゴ(コブシを赤くしたような花)の赤い花の感動が出だしの詞になりました。花は毎年変わらず色を染めるのですが、少人数から大合唱になってほしい、本土復帰が実現することの願いを込め、芽から花へ、そして色増す花に思いを込めて書きました。
 2番は、沖縄で土地取り上げに反対して、はじめて勝利した沖縄南部の喜屋武(きゃん)から会長が本土の支援に感謝し、わざわざお礼に上京されたことに感動し、あの27度線を越え祖国日本の土を思う姿に心を重ねて作詞しました。
 この詞に全国から多くの作曲が集まり、審査の結果、たまたま自作が選ばれ、形としては作詞・作曲ということになりました。(大西進)
※うたごえ新聞87年5月25日号より

 大西進 作詞作曲
 本紙編集委員でもある作曲家・大西進、1968年の歌。その頃、米国のベトナム侵略戦争に反対する運動は米国青年を含め全世界に広がっており、侵略の拠点とされた沖縄(返還前)では米軍基地拡大のために農地が奪われたり水や土砂が戦争に利用された。土地とりあげに反対し、占領からの脱却を願う人々はふるさと沖縄とベトナムの人々双方に思いを寄せていた。
 闘争支援で沖縄に赴き、米兵に銃をつきつけられてもひるまない農民に感激した大西進が帰京し、本紙に報告するために書いたのがこの歌の詞。全国に作曲公募したが、結局、作詞者本人の曲となった。創作前年から元旦の山や海で「沖縄を返せ」等歌う爐△つきの大合唱″が始まったが、69年は「あかつきの空に」を沖縄で歌い東京等各地は「沖縄を返せ」で呼応した。
※うたごえ新聞2008/1/7・14号歌の小箱NO.90より


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明日をこの手に





【作詞】橋本のぶよ
【作曲】橋本のぶよ

つくり変えてゆこう
住みつづけるために
くらしを守る 心通う街を
今 私たちは
声をあわせ呼びかける
※東京を変えよう 
 明日をこの手に
 新しい時代へ 
 さあ歩きだそう

つくり変えてゆこう
命を守るために
働く誇りと 生きる喜びを
今 子どもたちに 
笑顔かがやく未来を
※くりかえし

つくり変えてゆこう
願い叶えるために
あきらめないで
胸をはって歌おう
今 誰にでも 
やさしさあふれる街を
※くりかえし

今 私たちは 
声をあわせ呼びかける
※くりかえし
さあ歩きだそう





歩いて行こう





【作詞】大熊啓
【作曲】大熊啓

歩いて行こう 歩いて行こう
歩いて行こう 一歩ずつ
歩いて行こう 歩いて行こう
前を向いて

急がなくてもいいんだ
焦らなくてもいいんだ
休みながらでいいんだ
自分のペースでいいんだ

今踏み出した あなたの一歩は
確かに未来へ つながってゆく
今踏み出した あなたの一歩で
何かが変わるでしょう